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2013年ホスピス研修講座第1回   2013年10月27日(日)

 こころの備え
   ~生きることの意味や死生観、人生観等の観点から~
       林 章敏  (医師、聖路加国際病院繚和ケア科部長)

1.全人的痛みの理解の重要性
 緩和ケアの仕事に携わりまして、20数年になります。4000人を越える方々の最期を看取らせていただいています。その中で、患者さんやご家族から、またスタッフの方々から多くの事を学ばせていただいています。
 心の備えとして、死の前にいろいろな事に備えることになります。先ず、①体の衰えという事があります。体が自分の思うようにならなくなってきます。②精神機能の低下、自分一人で判断したりもの事が決められなくなってきます。③社会的状況の悪化、多死時代となり亡くなる人が多く世話をしてくれる人が少なくなるという困難等があります。④スピリチュアルな辛さ,生きる意味や生きる目的を見失ってしまうような辛さです。そのようないろいろな事が起こってきて、死を迎える事になります。
 ホスピス緩和ケアの世界では、全人的痛みの理解という側面からとらえています。癌の患者さんが辛い、痛いと訴えた時、その痛みの中には、いろいろな意味が込められています。

2.事実を正しく認識するために
 何が心の備えに必要なのか? 先ずは、事実を正しく認識することが必要です。事実を正しく知らないと,恐怖心や不安感が大きくなってきてしまいます。どんな具合に弱っていくのか、どんな辛さが出てくるのか、どんな解決策があるのか、どんな手助けがあるのか.というようなことを知って頂きたいと思います。
 よりよく生きる延長線上に死はありますから、より良く生きる秘訣のようなものが大切です。だんだん弱くなっていった時に、うまく委ねていく事が大事こなります。また一方で、他の人が守ってくれることもありますが、自分で守らねばならないことも沢山あります。
 どのように最期を迎えるのか、事実を正しく知るためには、親や身近な人の世話を通して知るのが一番です。ところが最近は、親の世話を施設に任せたり、核家族の家庭では自分のところで十分できないので、ヘルパーさんを頼んだりすることが多くなっています。
 私の田舎では、買物に行くにも、ゴミを捨てたりするのにも、車がないと思うにまかせない状況です。親が高齢となり私は隔週に郷里に帰って親の世話をしていますと、笑顔が見られるようになりました。気持ちが塞いでいたのが、だんだん明るくなったりしていますが、身体の方は年取って転びやすくなっています。心配だなあ、と思うようになりました。このようにして、身近かな人の弱っていく姿を見ていく事は、とても大事なことだと思います。
 その一方で、見られるのが恥ずかしそうだ、という時がありました。トイレに行くことなどが不自由になって、大人用のオムツを使ったりしています。それを見られるのが辛そうなのです。自分でするのを見守るのがよい時と、時には自分で出来る事でも手伝ってやることがあります。手伝ったらもっとうまくできた、というような気持ちでやっています。
 定時的に郷里に通って親を看ることで、地域への感謝という気持ちを持つようになりました。ゴミを出しに行く日に、近所の人がそれを取りに来てくれたり、週1回スーパーに買物に行った時にも重たい荷物をカートに持ち上げてくれたり、ちょっとしたことですが地域の方に支えられているんだなと思っています。
 帰りがけには、親が庭の畑で採れたものを持たせてくれたり、食べなさいと言ってチョコレートをくれたり、いらないと思っても、喜んでもらってきます。すると、親の役割をそれなりに果たしたと思えるのでしょうか、にこにこして送り出してくれるのです。
 このように普段の生活をしながら、見守っている私たち自身がどんな事が大事なのか、親の世話をしながら、学んでいます。緩和ケアの仕事をして患者さんの世話をしている時とは違う学びです。どう言ったらいいか、感謝というような気特で、看させてもらっています。
 また、国立がん研究センターのホームページでは、客観性のある正確な情報を出してくれている癌情報サービスがあります。ここには、癌そのものの病気の性質だけではなく、患者さんや家族へのメッセージがあり、すごく参考になります。

3.人がよりよく生きるために
 人が社会の中で生きている時、どんな事を思い願いながら生きているのでしょうか。誰しもが人間社会の平和を願って生きていると思う。難しいことではないけれど、難しいかもしれない。一言で言えば、「仲直り力」。
 人が生きていくためには、意見がぶつかり合う事がありますが、その時に争うだけでなくて、仲直り力を身に着けることが大事だと思う。仲直りするための大事な一つは、謝ること。これは中々難しいですね。人生の最期をホスピス緩和ケア病棟で迎える方もいて、そこで最後に謝る方もいます。
 また、もう一方で、許すという事が必要になってきます。人生の最後の場で、それをする事は難しいだろうなと思います。最期の時になって、家族のことが問題になります。患者さん自身天涯孤独のようであっても、音信不通になっているだけで、家族がいる方もいます。そういう方が最期になって、和解を求める場合があります。一方で最期に離婚を希望する方も中にはいます。
 また、謝ることは難しいことです。自分の非を認めなくてはなりませんし、許すという事も、それまでの辛かった自分の気持を水に流すなんてことは中々出来ないと思うのですが、そういう許す力を身に付けておくと、最期の時に、そのように出来る事があります。
 和解に関わって、ご家族が最後に求めるものとして、家族への感謝を患者さんからもらえると、うれしいなあ、という方もいます。「ありがとう」という一言が中々もらえないというご家族がいます。中年以降の男性は、中々「ありがとう」と言わない人が多い。思っているのだけれど、面と向かっては言わない。開いてみると、そんなこと分っているよとか、テレが入るようです。世話をしている家族からみると、満足してもらえなかったのではないか、と気になってしまうものです。普段から、少し意識して、「ありがとう」と言うと、随分気拝が通ずるものです。男性だけでなく、女性の患者さんもです。
 病気の早期から関わっていきますと、普段の生活がし易くなります。更に、予防という事も考えられます。色々な症状が出てくる前に、予め対処できる事があるのです。身体の辛さ、精神的な面、社会的な面、スピリチュアルな面でも対応してもらえ、命が長らえる方もいます。
 家族が関わることが出来ない家庭では、介護保険を使ったり、ヘルパーさんや種々の用具を工夫して役立てて世話をしてくれる手立てが沢山あります。
 現在、色々な癌治療が行われています。癌を根本から治す治療もあれば、再発を予防する治療もあります。再発してしまった場合、出来るだけ長い時間生きられ、よい時間を過ごせるようにする治療もあります。.これらと並行して行われている緩和ケアですが、癌治療が終ってからではなく、普段の治療をより良く進めるために、また、生きるために役立つ緩和ケアになってきています。

4.早期からの緩和ケアとして行うこと
 現在の緩和ケア外来でやっていることを7項目に整理してみました。
① 先ずは、関係性と信頼づくりです。
② それから、症状への対応です。
③ コーピング、これは向き合い方です。どんな具合に病気と向き合うかということ。績極的に治そうとしていく方、生活の中の楽しいことに注目する方、あるいは病気から少し目をそらせて向き合う方など。
④ それから、疾病埋解をはっきりさせます。
⑤ 癌治療の内容についても情報提供します。
⑥ エンド・オブ・ライフの立案。どんな過ごし方をしたいか、予め話しあっておきます。
⑦ 本人だけでなく、家族と一緒に考えておく。
 早期からの緩和ケアとして行うことで、将来にわたる苦痛を和らげることが出来ます。眠れない不安などにもきちんと対応します。癌治療についても、必要で出来る治療の選択を援助します。実際に息苦しさや痛みが出てきたならば、そうした症状を和らげて行きます。在宅での療養を希望する方には、支援する介護の体制がとれる様に応援します。そして、状態が悪くなった時には、緩和ケア病棟に入院していただき、緩和ケアを提供致します。
 普段の生活のことを考えると、介護の方々とも連携していく事が大切であり、一人で出来る事ではありません。医師の他に看護師、薬剤師、栄養士など、多くの専門職の人が協力し合いながら、お世話していく体制になってきています。癌診療拠点病院には、必ず相談窓口がありますし、癌以外の病気でも、地域包括支援センター等でも相談に乗ってくれます。先ずは、相談に乗ってもらい、事実を知っていく事が大切です。

5.心穏やかに過ごすために (コミュニケーションの基本)
 何よりも、うれしい気持を大切にしたいですね。望んでいたことがかなった時、予想外の良いことが起こった時、人に喜んでもらえた時、人の笑顔に触れた時、そして、感謝できる気持ちになった時はうれしいですね。帰り際に「他に何かお手伝いすることがありますか」などと聞かれると、心和らぐことがあるから不思議です。
 亡くなられる2日前に、患者さんが好きだった三味線を弾きたいと言ったので、翌日持ってきて、触れるだけくらいに身体が衰えておられたのですが、こんなに素晴らしい笑顔を見せてくれました(元気な時に、お断りして使わせてもらっている写真です)。うれしい気持ちのもとになるのがコミュニケーションです。
 コミュニケーションの基本の第一は、傾聴です。積極的な傾聴は、人の言葉に耳を傾けて、どんな気持ちなのか「もう少し聞かせてくれますか」などと聞くことがあります。患者は自分自身を守りながら話すことが出来ます。ズバリ聞くのではなく、「一番気がかりな事は何ですか」と聞く方法もあります。
 第二は共感です。聞いた私たちがわかるということより、話した本人が、この人にわかってもらえた、この人に伝わったという事こそ大事です。そう思えることで、何とかしてもらえるのではないか、とも思えるわけです。オウム返しが基本と書きましたが、「辛かったんですね」と返していく事が大事になるのです。患者さんが、辛いことをわかってもらえたと思えるためには、伝わってきたことを相手に返していく事が必要です。
 第三は、感情への対応です。いきなり、なだめようとするのではなくて、泣きたいような、怒りたいような気持、感情の動きを受け止めることが何より大切です。先ずは受け止めて、その上で力になれるよう励ましてあげられると、喜ばれるのではないかと思います。

6.どんな最後を過ごしたいか  (アドバンス・ケア・プランニング)
 患者さんが納得して、最期をどのように過ごすか。事前に話し合って決めておく、難しいけれど大事な事柄です。
 末期の状態になって、心臓停止.・呼吸停止した場合などに心臓マッサージ・人工呼吸器等の蘇生術を希望するか、患者の意向を確かめることになります。それを文書にして残しておくことをアドバンス・ディレクティブ(事前指示書)と言います。
 最近では、一般病棟でも無理な延命という事はしなくなってきています。延命措置について具体的に話し合うことになりますが、患者さん本人と話すかどうか、地域によって温度差があります。本人と話し合ったり、ご家族と話し合って決めるところもあります。
 最期の時をどう過ごすか、事前の意思表示として、尊厳死協会などで作成した文書(リビング・ウイル)を使って書いておかれる方もいます。文書で書いておいただけでは、必ずしも有効でない場合があります。日本では、まだこうした文書は法的には認められていません。また、一人で書いても、他の人がわかっていないと、あまり意味がないからです。患者と家族と医療者が一緒に話し合って、最期をどのように過ごしたいかを相談することがアドバンス・ケア・プランニングです。これは、自分自身で意思表示が出来なくなった時のことを話し合うのであって、一度決めると変更できないという事ではありません。自分の意思表示が出来る間は、そちらが優先されることは言うまでもありません。
 終末期になったらホスピスで過ごしたいとか、最期は自宅でとか、郷里へ帰りたいとか、一人一人色々な思いがありますので、ご家族ともよく話し合って、共有しつつ形づくっていく事が大事です。この話し合いの効果としては、自分で決められたという満足感が残りますし、実際に自分の希望する場所で最期を迎える事が出来たりします。患者、家族、医療者の協力関係が強化されますし、残されたご家族の不安や抑鬱の軽減にもつながります。

7.心の痛みと心のケア
 スピリチュアルケアとは、大まかな言い方では、理性に対するケア。精神的・心理的ケアとは、気分や感情部面に対するケア。宗教的ケアとは、宗教からのケアと言えます。
 心の備えとして、人生の終末期に日本人がどんなことを大切にしていきたいと考えているか。多くの人に共通していることは、80%以上の方が苦痛がないこと、望んだ場所で過ごすこと、希望や楽しみがあること等です。
 人によって重要さが異なる事として、80%以下の方ですが、出来るだけの治療を受けるとか、出来るだけ自然な形で過ごしたい、という方もいます。一見、相反するように見えますが、それぞれ自分が大事だと思っていることです。
 スピリチュアリティというのは、人間として生きる心だったり、人として生きようとする人の本質、そのものだと思います。人として生きる支えを求める心という事も出来るかもしれません。何がその支えになるかというと、普段はあまり意識していないことですが、愛、赦し、自信、自立、自律、誇り、意味、日的、信仰などです。正両切っては、そんなに求めていないだろうと思いますが、普段皆さんが頑張っていることを通して得られることが、この中にないでしょうか。日々の仕事や家事、地域のことを一生懸命やっていらっしゃる方、それらを実践することによって得られているものが、これらの中にあると思われます。すべてが満足に実現できることは中々ありませんが、それなりに生活しているわけです。それは、いつかは良くなるとか、いつかは得られるという希望があるからではないかと思われます。
 ところが、病気になったりしますと、時間や関係性や自律性の障害を生じて、スピリチュアルな上で平穏でなくなってくると指摘されています。時間がもし限られますと、今すごく大事にしていること、一生懸命取り組んでいること、誇りに思っていること等の意味や価値がガラリと変ってきてしまって、愛と所属、自我・自尊、自己実現、平安を感じにくくなってしまうことが一瞬にして起きてくるわけです。このような時に生じてくる心の痛みが、スピリチュアル・ペインと言われるものです。普段生きていく上で、心の支えと思っているものが(普段は意識していないかもしれませんが)障害されてしまい、心の痛みとなって出てくるわけです。
 そのような心の痛みに耐えていく支えになるものは何か。人として生きるために人が求める基本的なもの(愛と所属 自我・自尊、自己実現、希望)が感じられるような、伝えられるような働きかけをする事が、スピリチュアル・ケアになります。その人への具体的な関わりの中で、人が基本的に求めるものに応える事すべてが、その人を支えることになります。特別な言葉や態度が求められているわけではありません。
 スピリチュアルな対応で大切な態度として、傾聴、存在、誠実、率直等の七つがあります。特に「存在」という一事が大切です。目の前の人が見てくれている、向き合ってくれている、という状況を感じた時には、落ち込んでいる状況なのだけれども、何か安心と思える事があります。目の前の人は立ち直っているようには見えないけれど、何か支えになっているのではないか、と気付いたのです。そこに居る、存在して関わり続ける事が大切です。この縫験から、自分にも果せる役目が何かあることを知りました。
 それから、人として生きる支えの中の「許し」という事だけは、宗教の方が持っている力ではないかと思います。何らかの罪意識を持っている方(刑法上の事だけではなく)の場合、宗教の背景を持っている牧師・僧侶等によって、非が許されたという思いを持っていただけるのではないかと思っています。

8.大切な時に支えになる対応
 色々な心の辛さに対して、何が心の支えになりましたか、と患者さんに聞いてみました。
 関心を持ってくれていることが伝わる、患者の意志が尊重される、気持ちを分かって一緒に考えてくれる、朗らかで親切である、病気以外のこともよく聞いてくれる、等々答えています。専門的な事は何一つ無くても出来る対応です。
 大事なことは、事実に対する知識とコミュニケーションに関する技術を持つことです。事実を知ることで心にゆとりができ、優れたコミュニケーションは患者さんや大事にしている人との関わりを持つのに役立ちます。更に進んで、辛さや難しさを感じた時に、分かち合えるコミュニケーションが出来る事が、特に重要です。
 ホスピスとは、死の淵にいる人々と家族が、身体的、情緒的、精神的に幸福になれるよう援助するという課題に対して、それぞれが貢献し分かち合いながら、一つのコミュニティに成長していく人々の集まりです。これらのことは、宮沢賢治の「雨にも負けず」の一節に凝縮されていると思います。「東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば・・・」
 お話しの最後に、この方の映像をご覧ください。この日、ご家族が可愛がっている子犬を連れて来てくれました。笑顔になってきたのは、こんな辛い状況でもどうしたら気持が和むかと思い、家族が子犬を連れて来てくれた事によるものです。医療職だけでは出来ないことです。
 患者さんに思いやりを持って接し、うれしさを感じていただきながら、このような笑顔が皆様の周りにあふれることを願っています。
 ありがとうございました。