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2014年ホスピス研修講座第3回   2015年1月17日(土)

 私らしく生きるために、思いを形に
 第3回 「想いのマップ」活用の実際
  テーマ1 語られたことばから知った想い、想いに寄り添う多職連携
       望月 和子


 病院でも在宅でも本人の想いは重要です。想いを語り、整理し、共有し一緒に歩むことは本人だけでなく、家族にとっても意味があることです。自分と似ている価値観を持っている方はいても、全てが同じ価値観という人はいないはず。つまり自分と相手の価値観は違って当たり前ということです。これを理解するためには自分の価値観を知っていることが重要です。自分が大切にしたいことは何か、わからないという人は意外に多いのではないでしょうか。ですから、パートナーや親、子供のことは知っているようで意外と知らない。やはり何かを話したり伝えたりしないと物事は伝わらないのだろうと思います。
 延命治療について上げました。人工呼吸器・心肺蘇生術・人工的水分栄養捕給(胃瘻・経管栄養)・大手術・輸血・人工透析・抗生剤投与。実は延命処置という言葉に明確な定義はありません。一般的に心肺停止になった患者さんに心肺蘇生術は標準的な治療となります。「DNAR指示」とは心肺蘇生を実施しないという医師による指示です。医師はあなた及びご家族と十分な話し合いを持った後、DNAR指示を出すことになります。延命治療をしないことは全ての医療やケアをやめてしまう事ではありません。常に快適なケアと苦痛を取り除くためには治療は必要と思います。
 想いのマップがあると自分自身の意思の表明をするのに役立ち、家族・友人・介護従事者・医師にとって判断の助けとなり道しるべとなります。想いのマップは決して死ぬことに重きを置いているのではありません。あなたの尊厳を守り、あなたの日々を平穏に充実したものにするために「生きる事」を大切にしたいと願っているものです。あなたの想いを全て叶えることができるかわかりませんが、一生懸命考えることで、あなたの想いを尊重することはでぎます。
 90歳代の女性Sさんが自宅で転倒しましたが病院に連れて行けず、主治医に相談し訪問看護を紹介され、訪問して欲しいと連絡がありました。転倒してから数日が経過し、Sさんの身体は硬直して動かすと痛みがありました。脱水症状と微熱があり、水分・食事は摂取出来ず、身体ケアも痛みが強くて出来ていない。大腿部の熱感と運動障害、移動時の苦痛を訴えていたので転倒時の大腿骨骨折の疑いがありました。話すこともこの時点ではできませんでした。高齢で心臓が悪いので骨折の手術が出来ない事、病院は手術が出来ない患者より治療する患者さんが優先であることをご家族は知っていました。この時に家族に想いを聞いてみました。「本人も自宅でこれまで生活していたので出来れば自宅で看てあげたい。痛みがないようにしてほしい。自分達は素人なので出来る事は手伝うが看護師さんに看てほしい。」と話されました。Sさんはどんな方だったのですかと聞くと「ついこの間までオモチャ屋をやっていて孫にいつもおもちゃをプレゼントしてくれた優しいおばあちゃんです。ピンク色が好きで、温泉が大好きでした。」と話されました。医師に家族の想いを伝え自宅で看ていきたいことを相談しました。緩和ケアとして苦痛を取ることが第一優先。ケアの前に痛み止めの坐薬を挿入して、家族と一緒にケアを行い、常に本人・家族の想いを聞くよう努めました。本人・家族が納得する緩和ケアを在宅で行うために、何回もケアプランを考えました。何とか入浴も出来ました。いつでも家族の考えが変わって良い事を伝え、一緒に考える事を提案しました。家族は一生懸命介護をしましたがやはりできること、できないことがあります。そこには看護、介護などの専門職の協力が必要で家族が本人の想いに寄り添えるようなケアができました。
 Sさんは転ぶ少し前に家族との何気ない会話の中で「何かあっても自宅にいたい」と息子さんと話していました。息子さんは「今思うとこうなることを予言していたようだ。だからその想いをかなえてあげたいと思いました。」と話してくれました。お母様の好きだったピンク色のパジャマやベッドカバーを使用し、脱水と痛みで口もきけなかったお母様が徐々に目を開き話せるようになって色々話してくれました。冗談に笑い、その笑顔にまたみんなも笑った暖かい5月の日々でした。そしてぬくもりの中静かに旅立ちました。
 たった一つの言葉にも意味がある。たった一つの言葉にも家族、看ている人たちが安らぐことができることをこの事例を通して学ばせて頂きました。